А 速く、大量に、均質なものを作りたい。そのためには機械やそれと同様な手段•手 法を応用しなければならない。その技術が高度化すればするほど、そこに供給される 原料•材料も均質化され、標準化、規格化されねばならなかった。工業標準規格といったものが各国で制定されている大きな目的の一つもそこにあるようだ。そして製品も また均質化して規格化される。食品産業などはその点ではむしろ低次のものと言えよ う。それでもすでに香りと野生と個性とを急速に失いつつある。
B こうした現象を私は「硬くなる」と規定する。それぞれが個性を持つ①がゆえに、全 体として不均質だとされるものを排除し、②あるいは強引に均質化して近代化が進め られてきたわけだが、それを言い換えれば硬くなった、とするのである。
С ③例えば木材。いま各方面で木材のよさの見直しがさかんであるが、近代工業生産 の原料としては、硬くなりえなかったがために疎外されてきたところがある。木材は 樹種によっても産地によっても性質が大きく違う。同じ一本の木でも辺材と心材とで は④まったく物性が変わる。こんなものは近代工業生産の材料には不適だとして⑤排除される。⑥せいぜい均質のベニヤとかチップにしてやっと⑦加入を許されてきた。 微粉砕したパルプが製紙用原料として使われるのが、それでも木の最高の工業的応 用、というところであろう。原料の生産の段階から調質され、均質化される金属や合 成樹脂などの石油化学製品に比べて、木ははるかに硬くない、硬くしにくいもので あって、言い換えれば⑧「柔らかい」のである。
D その木を相手に、その個性の違いを巧みに使い分け、生かすことをもって特長とす る大工などの伝統的な木工の仕事も、やわらかいということができる。いわゆる職人 仕事の本質は、対象とする原料•材料を均質化するのではなくて、逆にその違いを利 用し、個性を楽しみ、それに適した作り方をするところにある。家の土台にはクリや マツを、柱にはヒノキやスギを、梁にはマツを、といった具合で、すべてがやわらか いのである。そして、それらの伝統の職人仕事が、近代化の中で無視され、退けられ てきたのも、均質化、標準化の、いわば硬くならねばならぬ近代化の鉄則に外れてい たからである。
Е ことは生産の場だけではなく、法律も政治も社会や団体の規則や制度も、硬くなる ことをもって近代化とされ、管理社会が固く私たちを⑨締めつけるようになってきた ことは言うまでもない。急激に発達してきた情報技術すら一方的に硬くなっている。 やわらかいものは非難され、はじき出されるようになった。
F 硬くなることによる近代化は、たしかに私たちに多くの利便を提供してくれた。よ く言われることだが、新幹線は驚くほど速く人を運ぶ。しかし⑩駅弁の多様さを楽し むことはできなくなった。
G もし、これからの私たちの進歩の目標が もっと個性があり、多様化が許され、そ れを楽しむことの豊かさにあるとしたら、これまでの近代化の過程で無視し、退けて きた柔らかいものへの視点の回復こそが急務であろう。それは、たんなる懐古趣味で も、飽食のあげくの気晴らしでもない。もっと積極的な、 ほんとうの豊かさへ向け ての新しい目標設定である。
(村松貞次郎「やわらかいものへの視点」より)
⑦加入を許されてきたとあるが、それは何への「加入」か、最も適当なものを次のА 、 В、C、Dの中から一つ選びなさい。